エバース佐々木、芸人を目指したきっかけと、相方町田との出会い
心をつかむしゃべくり漫才で、今やM-1でも上位に食い込む、漫才の若手代表格と言えるエバース。そのエバースのボケでネタ作りも担当している佐々木さんは、割と「珍しい」お笑いへの道の進み方をしています。
この「珍しい」というのも、ものすごく変わった経緯というわけでなく、むしろここまで実績を残し、秀逸な漫才を組み立てる芸人としては、あまりにも「普通」な、いつ辞めてもおかしくなさそうな動機や道程だったようです。
芸人を目指したきっかけは、「就職したくなさすぎたから」
佐々木さんは大学時代まで野球一筋でしたが、プロになれるレベルまでは達することができなかったようです。
しかし、就職活動の時期になってもやりたいことが見つからず、「就職したくなさすぎた」ものの、親に「どうするの?」と問われ、その場をしのぐために「実は芸人になろうと思ってる」と半ば嘘をつくような形で宣言したのが始まりでした。
高校まではとにかく野球一本で、地元のマイルドヤンキー的な性格。東京に行って芸人に、みたいなタイプでも全然なく、一応、お笑いへの興味としては、兄の影響から、『爆笑オンエアバトル』『めちゃイケ』『笑う犬の冒険』などを見ていたようです。
ただ、中学高校ととにかく野球一色。お笑いに熱心に触れるのは大学からで、絶対芸人に、ということもなく、就職したくない、というありふれた理由から、そもそも夢だったみたいな顔で芸人になりたいと言ってしまいます。
そして、地元の宮城の仲間内でも「あいつは芸人になるらしい」という噂が広まり、いよいよ貫き通すしかなくなったこともあり、佐々木さんは吉本の養成所、NSCへ入学することになります。
最初の相方と、「町田」との出会い
NSC入学当初、一人で入学した佐々木さんは、今の町田さんではなく別の同期とコンビを組んでいました。
そのコンビは、最初のネタ見せでいきなり笑いを取り、幸先の良いスタートを切ったものの、その直後、相方がお笑いをやめると言い、彼が、「申し訳ないから、代わりに相方を探す」と紹介してきたのが、現在の相方の町田さんでした。
町田さんは、最初のネタ見せで一番スベッていた一人で、待ち合わせ場所の喫煙所に現れた町田さんを見た瞬間、佐々木さんは絶望したそうです。
それでも、その後、エバースとして二人でやっていくことになり、今では、佐々木さんも「町田が相方だったことはだいぶ運がよかった」と語っています。
エリートではなかった
結成後も数年間は結果が出ず、しかし、その「エリートコースから外れた」ことが、逆に二人の強い絆と独特の空気感を作る要因となります。
他に芸人友達のいなかったエバースの二人は、しょっちゅうカラオケボックスのフリータイムで雑談をしたり、ゲームをしたりして過ごしていました。この「ただの友達」としての長い時間が、現在の自然体なしゃべくり漫才の基礎になっています。
二人が地元の同級生と間違われるのも、この時期があったからなのでしょう。エバースのラジオなどを聞いていても、「地元のダチ」感が漂ってきます。
また、東京の若手芸人がお世話になっている作家の山田ナビスコさんから、「もっと町田がツッコミである意味を持った漫才をしろ」というアドバイスを受け、町田さんが嫌がることを佐々木さんが仕掛けるといった、町田さんを巻き込んでいく今のスタイルが確立されていきます。
こうして自分たちの漫才を磨き上げていった結果、当初は全くの無名で、令和ロマン・くるまさん曰く、「突如台頭してきた」というエバースは、今や代表的な若手漫才コンビとして名を馳せるようになります。
佐々木さんがじっくり自分のことを語っている対談を、しずる村上さんのYouTubeで行っています。
